クリエイター絶対主義、マーケッターに残された課題 [世の中]
クリエイターは偉大だ。
彼らは、0から1を作り出し
そこから価値を生み出していく。
反対にマーケッターは、クリエイターが
創りだした1の数字を使ってでしか
サービスを作れない。
どっちが優れているか、比較をすることが
そもそも見当違いなのは理解している。
だが、私がマーケッターとして仕事をしている中、
彼ら(クリエイター)の仕事ぶりを観察していると
ホントに頭がさがる場面が多いのだ。
時間を忘れ取り憑かれたように
モノ創りに魂を注ぎ込んでいる姿は
やはり何度みても美しく感嘆してしまう。
[クリエイター×マーケッター]
スタジオジブリを例に挙げて話すなら
宮﨑駿というクリエイターの才能に惚れ込んだ
徳間書店が宮崎駿の出資者となりマーケッターの役割を果たした。
宮崎監督は、徳間書店が無ければ
上手く軌道に乗らなっかたかもしれないし、
徳間書店は宮﨑駿が居なければ
小さな書店のままで終わっていたかもしれない。
[駿>徳間]なのか?それとも[徳間>駿]なのか?
徳間書店は宮﨑駿監督の願いを叶えた。
素晴らしい作品を多くの人に伝え、
世の中に大きな価値を与えたいという
宮崎の壮大な願いを叶えることに貢献した。
そこを考慮して考えたとしても
やはり絶対的な価値を提供しているのは、
宮﨑駿のアニメーターとしてのクリエイティビティーである。
[結局は相互に依存している生き物である]
確かにマーケッターのほうがクリエイターに対しての
依存レベルが高いかもしれないが、クリエイターだって
自分の作った作品が世の中に普及されないと飯は食えない。
市場ニーズが最高値になる時期を見越した
マーケッターが頭のなかでヒットシナリオを描き、
その描いた思いをクリエイターに伝え、作品を作ってもらう。
そしてクリエイターは自分たちの持っている
最大限の表現力でモノ創りに勤しんでいく。
[骨と肉]
マーケッターは骨組みの役割を果たし、
クリエイターは筋肉の役割を果たす。
どちらも相互に協力しなければ
カラダが思うように動かない。
骨のうえに上手く肉が乗っかり
肉が骨を引っ張って、動力という名の
価値を生み出していることが分かる。
つまりクリエイターとマーケッターは表裏一体で
対になって互いに協力しあっていることが理解できる。
[マーケッターに残された課題]
マーケッターは、時流に合わせたサービスを
提供できなければ大きく失敗してしまう。
そのために市場のニーズを充分に把握したうえで
スピードをもってサービスを作っていかなければいけない。
波に乗ることが出来なければ、今まで注ぎ込んできた
資金や労力が全て無駄に終わってしまう、だから焦る。
そして、そういった焦りやプレッシャーが
クリエイターに伝わってしまい、彼らが自由に
表現する場所が少なくなってしまう。
だからこそ、マーケッターには
ドラッカーが言ったような
マネジメント能力が必要だ。
スピードこそ全て、だからクオリティはそこそこでも
売れればそれでいいという考え方も共感できるが
長く続くような太いマーケットを作っていきたいのなら
クオリティーとスピードを両立できる数値を求めるべきである。
まとめ
正しい骨格と、良質な筋肉によって
カラダのパフォーマンスが上がる。
それと同じようにマーケッターは利益を求めるのと同時に
クリエイターが快適に動けるような場所を作る必要もある。
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